2020年7月29日水曜日

四川省

大地震、盆地、麻婆豆腐。知ってるのはそれだけ。

Gマップみたら西半分は何千mかの山岳地帯。

ブロガー 李子柒(リーズーチー)の住んでるところは

その裾野 綿陽市、南アルプス山麓か八ヶ岳山麓みたいなところ。

ただ冬でも緑が絶えず温暖な感じですね。

日本に帰化した著作家の石平さんも文革でおじいさんに預けられ、

近くの 成都市の山裾で子供時代を送っている。


中国の文化大革命は ロシアのユダヤ ボルシェビキ革命と同様いまだに

タブーであり民族の悲劇であり続けてます。

元が紙切れになって、国土が多民族に分裂することを想像すると

中国大陸の歴史と運命は騒乱の繰り返ししかないように思えます。

桃源郷を想像させてくれる彼女の生活がいつまでも続くことを祈ります。




****

昼過ぎ鶴川へ自転車で。
 
いつものように帰り小雨に降られてヒルクライム。

コンビに受け取りのUturensとモニターフードをもらって帰る。

モニター画面はきらいだけど

ファインダーがないデジカメだからしかたない。

pen   mini 2につけてシャッター下りた.

身体にくっつけて基本ノーファインダー。

windows のフォトで正方形、彩度0のモノクロ。

リコーD3の時と同じ、ただレンズがよすぎて使い物にならなかったのが残念。





         



2020年7月26日日曜日

梅雨明け?

朝の雨がやんで、東の方から青空が広がってきました。
いよいよ梅雨明けかー!
いそいで立川に向かう。
商談中の札のついた
OLYMPUS PEN Mini
E-PN2 ボデーだけもらってくる。
ところが
立川についたらすでに雨、、、

****

帰ると金指君から”フィルムpenの50mmマクロありますよ”のメール。
4/3に合うのかどうかわからない。

しかし
解像力あるのは”困る”
解像力は正義ではなくてタブーになってる!から。
おおもとは  ” 基本的人権 ” なんだろうけどね。

今じゃむかしの”スナップ”なぞ巾着切り(死語)、盗撮といわれ警官が来る。
証拠写真用のスマフォ📷が全盛でデジカメは駆逐淘汰されていく。

****

”鎖につながれて踊ってみせるのが芸術家だ” ニーチェ。

切磋琢磨の逆境の中から稀に時空を超えた芸術が生まれる。

いまがチャンスかもしれないね!?

YouTuber の瀬戸さん





霧が濃くてノロノロ運転

***

むかし木村伊兵衛賞をとった人が瀬戸なんとかさんといったから
その人かなと思っていたら
どうも違うらしい。世代がはなれてる、、、でもテンポがいいからついつい引き込まれてみてしまった。

****
後でわかったのは60~70年代の写真、、、たとえば ユージンスミスの”水俣”とか
モノクロ プリントの匠たちとは全然関係ない。
現代のYoutube 動画をベースに活躍してる、多能多才な若いYou tuberの瀬戸さん。
プロの写真家ではない!
音楽も作る。
 こんなこともしてる


 
Lo  fiな音楽、Lo fiな写真、動画を作りたいらしい。

低音質、低画質を作りたい。”写ルンです”の 廃棄アクリル レンズを再利用した
デジカメ用レンズを紹介してます。

”へーそんなのあったらぜひ使いたい!
でもレンズ交換式のデジカメもってない!”
そこで探したらオリンパス ペンのmini   2のボデー¥10000円
というのがあったから明日 立川まで買いに行きます。
絞り、焦点距離固定、ノーファインダーで写すとなれば
むかしのオリンパス ペンに戻ったみたいですね。
フィルム代ただ!


ペンのレンズは写りすぎなほど優れモノでした。
プラスチックレンズの写ルンですがいくらかでもフィルム時代の
レトロさを味合わせてくれそうな予感がします。
はじめからモノクロ スクエアーにしておけば技術もいらない。
職人プロのHi  Fi ではなくて 、素人アマチュアのlow fidility  lo  fi な遊び。








2020年7月23日木曜日

霧雨、いっとき晴れ

夕方6時に出て、青木ヶ原の樹海を避けて表側から遠回り、

朝霧高原道の駅。2~3時間仮眠して晴れそうにもないから

伊豆へ。

カーナビ自分がトラックで踏んづけてお釈迦さま!

いよいよスマフォ使えるようにしないと、まずい。

金指君、昼の合間に来てくれるよてい。

****

朝霧でるときは目パッチリだったのに

西伊豆スカイラインの濃霧でノロノロ運転。

睡魔がやってくる。



下田港の温泉銭湯にはいって車で寝込んでいるところへ金指君。

スマフォに入ってる取説よく読んで、わからないとこあればメモして

ドコモショップできく。もちろん予約制!前途多難。

かれも同じスマフォなのがいくらかでも救いかな?

スマフォ、Wifi、光 いちから学習です。

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2020年7月20日月曜日

言霊と言上げ

久しぶりに日が照って、きのう2時間ばかり自転車ででかけました。

用事を済ませさしあたって残ってるのは2,3年分の伝票整理と
スマフォ、コピー機などの設定ぐらい。

銀行ATMに前の人のカードが忘れてあった。
あいにく日曜日、隣は交番どうする?

エレベーターの緊急用受話器みたいの見つけて電話。
すぐに応答があって遠隔操作の指示どおりやったら
取引中止の画面が出て
カードがするすると のみ込まれていった!
もどってこない!
受話器から ”ごきょうりょくありがとうございました”のお礼の言葉。
一件落着。

日曜の朝タップリ寝たから自転車のヒルクライムも大して苦にならない。

カメラ持ってはいったけど小さな堰で泳いだりする子供たちや
親子で昼寝してる野鴨たちの写真撮る気にならなかった。
住宅地の雑排水が流れ込んでる、、、
川沿いの遊歩道、梅雨の合間のいい天気だから人がたくさん出てる。

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あした天気持ちそうだから顔出ししようと寝たはいいけど
あれこれ予定を考えているうちに寝そびれてしまいました。

けさは早朝から何でもかんでもGoogle chrome に集めました。
そのあと万葉集のデジタル版探したらあるある。

しばらく見ていたら
日本は言霊のにぎやかな国というのと日本は言上げしない国という
反対のことがいろいろでてきて???です。

言上げ というのはニーチェ流に言えば ”権力への意思”で
和の心持からすればタブー。
しかし遣唐使船に乗ってゆく人にこのタブーを破って
”ボン ボヤージュ”と叫ぶ。
そこから言霊、事上げ大礼賛の風潮ができてきたようです。

そしてその言い出しっぺは江戸時代の本居宣長あたりかもしれません。


森永キャラメルの財団が提供です。江崎グリコも森永も肥前鍋島。
長崎街道がシュガー街道と銘打って町おこしやってました。
長崎の出島以外は肥前鍋島藩の領土。

2003年のすばらしい研究発表、netが普及するちょっと前です。
歴史にユダヤ人がでてこない。
文字資料だけの国学、国文学、日本史。

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netが普及して情報量が爆発的に増大しても
言葉、言語を媒体として使わざるを得ない知識、評論活動を
専らにする人びとその他のひとびとの違いは歴然としてあるように
おもえます。

物言わぬ庶民、声なき民、サイレント マジョリティー。
農民は種をまき、漁師は舟をこぎ、工人はものをつくり、商人はものを売る。
天平のミケランジェロ 公麻呂が作った仏像、
あれらを見てると世界の至宝と言われながら
自分にはそこらへんにいる物言わぬ庶民、
二宮尊徳の時代にもいた大したことは何一つできないけれど
コツコツと働いている庶民の顔なんだろうとおもいます。

言上げしない、できない。にもかかわらず言霊を無意識に信じてる。
ほとんど祈りにちかい。

” 心だに まことあらば いのらずとも 神はまもらん” 菅原道真







2020年7月18日土曜日

4K ドローン

4Kドローン、ヒマにまかせて離島とか岬をみてます。

北海道はいったことのない神威岬、利尻、礼文島がよかった。

九州はこの長崎の会社のが一番気に入りました一。

将来2000億規模の産業になるらしいから、業務用ドローン
何百万円しても投資するかもねー。


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 これ有明海の潟なんだけど
 わかる人にしかわからない。
 しかも
 特大にしないと無数の野鳥が浮いてるのさえ見えないし、
 水平線の右のほうに群れが煙のようにたなびいて
 たぶん島原のほうから帰ってきたのかもしれない。
 
なんで水平線が黒い細紐なのかというと、
 ノリ網(のりひび)をつるしてる柱が大量に立っているため。
 

遠浅なんてもんじゃなくて何キロか先まで潮が引く。
陸のほうもまっ平らだから春の大潮の時は、佐賀市内10kmぐらいまで
海水が逆流するときもあった。
潮が引くとそこら中に潟の魚が潮に乗り遅れてバタバタしてるのが
いた。
 今は対策が取られていると思うけど、とにかくまっ平、坂がない。
 筑後川が氾濫したら即、うみーっ!

 まー潟は起伏、凹凸がないから疾走するノリ船でもいないと写真撮る気
 になりません。

4Kドローンで上からとるのがベスト、ただ海の色がエメラルドグリーンでないのがちょっと残念ですが、、、

干拓の田んぼが広いから飛行場つくったけどお客が少なくて
空港ターミナルで地場産品売ってたのが、花卉栽培盛んで貨物便が
ふえて持ち直した話ずいぶん前に聞きました。
ゆくゆくは嫌われ者のオスプレイの基地を引き受けるみたいです。
だだっ広いところだから潟海や田んぼに墜落しても住民の被害はほとんど無いだろうってことかな?

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久しぶりにYoutubeで音楽なんか聴いてたら
親兄弟、親類みんな歌手、映画俳優のMexican ファミリーで
一番下の女の子が素晴らしい声の持ち主、Angela Aguilar
に出会いました。 2003年生まれ!


 
古い歌を軽々と歌いこなす少女、すでにプロの歌姫です。

今までmexicoのボーカルはあまりにもパセテイックと敬遠してたんだけど
この”おばーさん”聞いて 目からうろこ!?がはげ落ちました。


1919年うまれの彼女を物語ろうとすると ボリシェビキ ユダヤ革命前後から優れたユダヤの芸術家、音楽家etcが現れ、翻弄され、破滅していく物語になりそうです。
欧州、メキシコ、新大陸が20世紀(作られた戦争の世紀)に苦しんだだけ
名曲も多く生まれたんでしょう。



 











2020年7月16日木曜日

大和うるわし



田牛のサンドスキー場   ストーンマン


大した雨じゃないけど休みが続きます。
何してるかというと読書です。
田中英道さんの昔の本、レオナルドダヴィンチ。
レオナルドの手記も後で手に入れよう。

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ブログタイトル  気分をかえて  
どっかできいたことあるなーと思ってたら山崎ハコの歌のタイトルでした。

今日のタイトルは棟方志功のデビュー作?のタイトルです。

近代以前にあった日本の文化芸術を浮世絵、版画、俳句、仏像彫刻を
通して学んでる感じです。もちろん案内は田中英道さん。

きのうは万葉集を読み始めたはいいけど
文庫本で下の脚注なんか読んでたらとうとう目がいたくなりました。

Youtubeで万葉集全巻あればいいんだけど(モニターで拡大自由)
たぶんないだろねー。

現代語訳されていても古代史ふくめた解説がないと
国文科の授業ていどでおわる。

読んですぐ感じたのは日本語、大和ことばの気持ちよさ、快感!でした。
もうDNAに刷り込まれてると言いたいぐらい。
簡単に自然に同化できる。

永井荷風が欧米から帰ってきて消え去ろうとする日本の伝統芸能、美術にあれほどすがり付いたのも、岡本太郎が縄文土器にとびついたのも同じものでした。
欧米白人にとっては神秘、オカルトそのものです。
江戸の庶民の芸能にも能にもギリシャ悲劇のような深いテーマはなんもない。
あるのは外から見え聞こえるものだけ。
理想の概念、論理などない。
言葉など、事のきれっぱしにすぎない。

ゲーテは”世界には内も外もない”という。

石見人 森林太郎は 死ぬ間際 “ばからしい!ばからしい!”
とどなったそうな、、、無意識に。

****
フランスを経て入ってきたオリエント、仏教、日本の情報が
ニーチェの永劫回帰、アンチキリスト、反ユダヤにつながっているきがします。
セザンヌたちがジャポニズムに活路を求めたにしろ
彼らも死んだらキリスト教会の墓地にはいったでしょう。

****
にもかかわらず田中英道さんは欧米白人の普遍性、グローバルスタンダードに訴えなければいつまでも蛸壺文化芸術のままだとおっしゃる。

ここには大陸の文明文化を持ってきた帰化人、特に遊牧民的同化ユダヤ人の知恵が述べられてるのかもしれない。

目には目を、歯には歯を+右のほほを打たれたら左のほほを、、、
和をもって貴しとなす✙降りかかる火の粉ははらわねばならぬ、、、

この矛盾した現実にどの民族、国家も苦しみながら耐えてゆくしかない。

芸術だけが救いだとニーチェは言う。

それから150年、何か新しいものが生まれたか?

なーんも。

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そうそう、欧米白人の普遍性は何かというと人間、”人間第一主義””だった。
”人間的な、あまりにも人間的な” 若いころのニーチェのキャッチコピー。
言葉はいくらでも嘘をつける。

”欧米白人以外、異教徒は人間ではない”がそう簡単に消えるわけがない。
Native american800万ぐらい殺されて今のアメリカがある。
ザビエルの教団は日本で奴隷の買い付けをして”人を売り買いをするなんてあんたら人でなしだ”と百姓のおバーさんに言われた。

欧米大陸と日本列島はこうも違ってる。にもかかわらず鎖国、蛸壺やってたら侵略されて食い物になる。その恐怖が明治維新、日本近代化の原動力
となったのでしょう。

****


人間第一主義などの原理、理想がないと死にそうなほど不安になる
欧米白人。それはこれからも続くでしょう。
人類の大部分はこれからもかれらと長く付き合っていかねばならない。
縄文以来、日本人はそうやって生きながらえてきた。
これからもそうするでしょう。


忘れ物もう一つ、人類共通のリズム!

ぷくっ ぷくっ と砂の下から湧いてくるかすかなリズム。
爆発だーっ!てぐらい強烈なビート。
軽く駆けるような、、、アフロビート。
色んなのがある、
”気韻生動” “エラン ビタール” etc
なんの準備もいらない、生きてる限りだれでも感じ取る。

これが喜怒哀楽のずーっと下、混沌、深淵の中から響いてきて

身体が同調したら、、、、

神がかりとなり自然そのものとなり
内も外もなくなるんだろうねー。

天の岩戸、天のウズメの命のそれが
日本の芸術のはじめと田中英道さんが言われてます。

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ここから先は自分の妄想です。


音楽からするギリシャ悲劇の誕生を若きニーチェは
ディオニュソス祭にもとめた。
しかし当時はあまりにもトンデモ説で本人もああいう本は二度と書かないといっていたけど 、今現在どうなってるんだろう?



あのコーンスピーカーの芯みたいな舞台で能楽をやったら
どうだろう? 

1000年以上離れてるけど、
あの囃子方、地歌 ポリリズムの鼓。
ストーリーも役者の動きもほとんどない、

あるのは鳥肌の立つようなリズムとシャウト。

やっぱり、ギリシャ悲劇の肝はアフロビートだったかもしれないなー。











2020年7月14日火曜日

明治は遠くなりにけり



         川崎 登戸 水道橋の上から

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https://www.aozora.gr.jp/cards/001341/files/49634_41512.html

永井荷風の  江戸芸術論

、、、、、明治維新以来東西両文明の接触は彼にのみ利多くして我に益なき事さながら硝子玉がらすだまを以て砂金に換へたる野蛮島の交易を見るに異ならず。真に笑ふべきなり

この一章を草せしのち図らず森先生の「旧劇の未来」と題する論文(雑誌『我等われら』四月号所載)を読みぬ。旧劇は最早もはやそのままにてはるにへざれば、全くこれを廃棄するか然らざれば改作するにありといふ。これ余の卑見とは正反対なるを以て余はおおい※懼きく[#「りっしんべん+危」、184-5]疑惑の念をいだけり。余の論旨は旧劇は改作を施さざる限りなほ看るに足るべしといふにあり。何が故ぞ。余は常に歌舞伎座帝国劇場の俳優によりて演ぜらるる旧劇中こと義太夫物ぎだゆうものの演技に至りては、写実の気多き新芸風しばしば義太夫の妙味を損せしむるに比較し、宮戸座みやとざあたりに余命を保つ老優の技を見れば一挙一動よく糸に乗りをりて、決して観客を飽かしめざる事を経験し、余は旧劇なるものは時代と隔離し出来得るかぎり昔のままに演ずれば、能狂言のうきょうげんと並びて決して無価値のものに非らずと信ずるに至りしなり。旧劇はもとより卑俗の見世物みせものたりといへども、昔のまま保存せしむれば、江戸時代の飾人形かざりにんぎょう、羽子板、根付ねづけ、浮世絵なぞと同じく、休みなき吾人日常の近世的煩悶はんもんに対し、一時の慰安となすに足るべし。専制時代に発生せし江戸平民の娯楽芸術は、現代日本の政治的圧迫に堪へざらんとする吾人に対し(少くとも余一個の感情に訴へて)或時は皮肉なる諷刺となり或時は身につまさるる同感を誘起せしめ、また或時は春光しゅんこう洋々たる美麗の別天地に遊ぶのおもいあらしむ。沙翁劇さおうげきを看んとせば英文学の予備知識なからざるべからず。ワグネルを解すべき最上の捷路しょうろは手づからピアノを弾じて音譜おんぷを知る事なるべし。江戸演劇を愛せんと欲せばすべからく三味線をもてあそぶの閑暇と折々は声色こわいろでも使ふ、馬鹿々々しき道楽気どうらくぎなくんばあらざるべし。余は江戸演劇を以ていはゆる新しき意味における「芸術」の圏外に置かん事を希望するものなり。
大正三年稿

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ワグナーに心酔し、裏切られたニーチェでさえも室内楽を作曲し、
”ドクトルファースト”を書いたトーマス・マンたちもダンスを習い楽器を弾いていたブルジョワだった。
ざんねんながら音楽を芸術哲学の最高峰においたショーペンハウエルは
ピアノを弾かなかった、、、とニーチェが言ってたと思う。
三島由紀夫がこれこそ芸術だと絶賛した”磯の松”の内田百閒も
筝曲の宮城道夫と共演するほどの箏の名手だった。

****
”馬鹿々々しき道楽気どうらくぎなくんば”、、、”
荷風の恩人、師匠 鴎外はその丸反対。

軍人、医療の官僚トップ、欧米列強諸国の侵略と戦う前線にいる。

幕末から維新、日清日露のたたかいにユダヤの金融資本が
いかに多大な影響力をふるっていたかはでてこない。

と同時に鴎外は
近代日本の文芸、演劇の創造、改造の最前線にいる。

語学に優れ、馬をあやつり運動神経抜群。ニーチェとにてる。

鴎外ファンは漱石と違って権威がすきらしい。

しかし自分の周りが元老など維新の矢玉をくぐってきた人ばかり
ならそりゃ、息を抜く暇はほとんどなかったろうねー。

郷里の江藤新平など佐賀の乱でさらし首だし大隈重信も暗殺未遂で
片足ふっとばしてる。

辛辣な直言、実行をそばで見ている”五重塔”の露伴からそんなことしてるといつか反撃くらうと忠告されたりもする。
熊本の徳富蘇峰なども文芸上の鴎外の仲間だった。
10才も下の三申小泉策太郎を
(漢文の素養があって歴史評伝に優れていた)”吉田松陰”をかいたからと蘇峰はセンセイ呼ばわりした。
世界赤十字の会合で許可をもらって単なる通訳ながら、森鴎外はアジアの日本はもちろん欧州以外の地でも赤十字の活動をすると演説して
西園寺公望欧州公使から絶賛される。

天皇家のもとに五摂家十精華の華族がいて西園寺は十精華の一つ。
岩倉具視などはずーと下の公家だけどいつのまにか成り上がっている。

小泉三申は南伊豆、子浦の出。
新聞記者から大陸の証券所で資産を作り政友会に入り明治以降の最高の文人政治家。
”露伴君”が子浦の三申のところへ遊びに来て、かえり下田まで船で送った
子浦の鍛冶屋の親父さんのうちには露伴のお礼のはがきが残ってた。

三申は大逆事件の堺利彦と軍国主義の田中義一と親友だった。
高橋是清の政界引退の辞を書いたのも小泉三申だった。
西園寺公の伝記を書くため興津の坐漁荘に自由に出入りしたが、
フィクサーとしてのイメージが強いせいか南伊豆の図書館には
三申の岩波の全集本はなかった。

このように近代日本の明治45年間は江戸時代までの日本の伝統習慣を
引きずりながら悪戦苦闘してきてる。

鴎外の顔から刃のような冷徹さがオーラのように出ているのも仕方ない。

荷風が欧州帰朝者の目でいくら泣き叫んでも 明治は国家存亡のサバイバルのために相手にしてる暇はなかったろう。

庶民の絵描き、熊谷守一でさえ自分のことを ”亡国の民 ですわなー”と述懐するほかなかった。切迫してる明治の日本。


すでに着々と陰謀はすすんでいた。

****

それにもかかわらず、100年後の現在こうして、
日本の庶民は天皇制も失わず、
自然を畏怖しながら親しみ和み、あらゆるものの霊(たましい)を
気づくこともなしに信じて生きている。

縄文以来なーんもかわってない! 
世界遺産?どーでもいい。

餌に見えるとパクっとくわえてくちゃくちゃして自分に合わなきゃ
ぺっぺっと吐き出す。
いきてる限りその繰り返し、たぶん永遠にね。

****
ここんところ雨続きだから うろ覚えの記憶をたどって
文芸や絵画について想像をふくらかしてみました。













2020年7月12日日曜日

つゆ  ”雨蕭々”








きのう雨やんでるから朝、出てみる。
梅雨で休みづかれの面々と顔を見合わせ、”現場、雨でぐちゃんぐちゃんだから無理だなー” で解散。

****

おととい部屋掃除しながら届いた
Amazon本ザーと読んでそのあと読む気が起こらない。
外房の漁師言葉、にぎやかすぎる部落の人間模様。
読みにくい。
船の艤装も大きさも、潮の流れも深さも、風の向きも磯の様子もわからない。

つげ義春も私小説マニアだったけど彼、近藤啓太郎もお仲間。
元祖、私小説、島崎藤村のエッセー ”桃の雫”とか”千曲川スケッチ”を
青空文庫、、、金指君にすすめられた青空文庫、、、でよんでみる。 
読みやすい日本語!
しかし
浦賀の造船所の友達のお兄さんから聞いた話、
” お前んち古いんだってなー” ”うん、700年ぐらい続いてる”
という同級生 島崎藤村の親戚。

平安時代から続く三浦一族。その枝分かれが木曽の山の中に入って
数百年の間に近親相姦の血筋になったのかもしれない。
近代日本の言文一致、自然主義私小説、ほとんど露悪趣味!

****

美しい日本語ならほかにもある。

永井荷風  ”雨蕭々” 青空文庫。


じぶんが漢文読めないのは残念だけど
鴎外の弟子だから安心して読める。

欧米白人文化と日本の伝統文化とのあいだの
桎梏をどうやって生き抜いたかよくわかる。

江戸の庶民文化、芸術 特に浮世絵が
とうじの欧米にいかにセンセイションを巻き起こしていたか
永井荷風は詳しい。

まだ写楽は発見されたばかりで
北斎とのつながりは誰も想像できない、、、

一枚の版木の裏表が北斎と写楽なんてのが発見されたのは最近か?、、、

学者じゃないからと永井荷風も近藤啓太郎も謙遜してるけど
熱心に研究してるのがわかる。
二人ともお上の芸術に徹底して抵抗してる!!


無料で読める青空文庫がどんどん増えていってるようです。
いい時代になりました。

2020年7月10日金曜日

どおりで、、、

いかずの雨

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下田の町の子供たちの海水浴場  鍋田浜
船外機の予備に櫓がつんである。

長崎県の離島への移住を進めるサイトがなぜかやたら多いなーとおもって
いたら、親方日の丸で50億からの補助、交付金が出てました。
どおりで、、、

特定有人国境離島
すでに人が多い離島は対象ではない。
長崎の離島が一番多い!


雪、凍結もなく元寇で食料にされることもなく
海底火山の爆発から脱出する可能性も残ってる島じま
五島列島
ヨット乗りは停泊するなら対馬の浅茅湾が一番という。
しかし対馬は昔も今も防人の島。
五島は養殖、漁業があるうちは沖縄のように軍事基地や観光だけに頼らないですむかもしれない。
****
いずれにせよ飛行機以外は遠い遠い離れ島。
社交が苦手な人は旅行だけにしておいた方が無難だね。






















2020年7月9日木曜日

写楽=北斎



下田の金指君とこの下、福浦港で大型テトラを作って、沖の外堤防に
沈める工事を大阪の吉田組がクレーン船持ってきてやってました。
その時の写真


****



近藤啓太郎の ”しゃらくせえ、あほくせえ” 届いたので読んでみる。

netのない時代、文献資料だけの謎解き、歴史論争は
fakeがいとも簡単にまかり通って
100%定説、権威、専門家が幅を利かせてたようです。

自分を疑うことを死んでもやりたくない人は
時代に逆らってさいごまであがく。

著者は美大で日本画家目指してたぐらいで線描とか色合いとか
絵画、絵描きのイロハの訓練受けてるから ド素人 ではないのに
業界、画壇、学会の権威に逆らえないで自粛、忖度して終わってました。
netのない時代はそうだったんでしょう。


写楽=北斎を言い出したのはほかの人だったようです。
謎解きは出版、放送 mediaにとって米の飯だから、
いつまでも謎のままにしときたいでしょうね。
しかし
net,AIその他文明の利器の発達によって
独占されていた情報が一般大衆に共有されていくと
かっての唯一、定説、権威が無残にも崩れ消えていく。
健全といえば健全な世の習いでしょうか。

北斎 花鳥画集の ”アヤメに虫” がこの本にのってました。
息をのむとはこのことか。 








2020年7月8日水曜日

九州豪雨

九州全体で被害が出て身内の安否をたづねたりしてますが、
ついつい五島列島の状況も気になり調べるとたいしたことなさそう。

平野部と違って島だから降った雨はすぐ海に流れ込んでしまう
からかもしれません。

九州北部は地震の少ないところですが、
五島列島でこわいのは台風の直撃だけかもしれません。

五島はここ数年、移住者が増えて去年は人口増加に転じたそうです。
佐賀に住んでた頃、五島と聞くと遠い島だなーという気がして西海国立公園の一部だといわれてもピンときませんでした。

たいていの県境は水田のための分水嶺で集中豪雨が起きるところです。
火山のあとはあっても昔から五島は自然災害の少ない島なのかもしれません。

五島列島の西側は東シナ海の暴風にさらされるけれど
東側は島陰になって大きな港や、養殖がさかんなようです。

長崎県は離島の多いこともあってか移住者促進に力を入れてるみたいで
Youtubeにも4Kドローンの映像がたくさんありますねー。

都会から若い世代が全国に散らばって移住してゆく時代になってるんでしょうか。
オーケストラの演奏会や大相撲、歌舞伎などは都会にいないと
なかなか高嶺の花なんですが、
風光明媚な国立公園の中でくらすこととくらべると迷うところです。

移住する人、特に若い世代にとって生活の基盤になる職業があるかないかが一番大事なことに思えます。
老後の移住なら近くに大きな病院があるかないか、ドクターヘリが飛んでくるか来ないかが大問題かもしれません。

自分に移住する気があるわけじゃないけど(どこにいてもおんなじだー!?)若いならそうしてもいい。
****

若人になった気持ちでnet検索してみる。


島が多いから養殖いかだを置く場所がいっぱいある。
カンパチやハマチだけでなくマグロの養殖までやってる。
定置網漁も遠洋漁業もあるかもしれません
体力があるならまず漁業のしごとがありそうですね。


街並みを見ても昔から鯨、かつおまぐろ、以西底引き網漁で
あるいはサンゴ漁でにぎわった風情が残ってる。

たぶん米は取れないだろうから畑作農業をやろうとするひともいるかもしれない。
伊豆にいたころ一反もよくばって野菜作るおバーさんの手伝いをしたけど
1年じゅう草むしり、石を拾って、イノシシに荒らされて、、、
それが農業でした。
自分がやったのはサツマイモとごま、シイタケ、一回こっきり。
毎年自然に生えてくる三つ葉、セリ、フキノトウ、タラの芽、うど、やまいもの採取のほうがよっぽどたのしみでした。
しかしそれを売り物にするとなるとはなしはべつです。

昔読んだ司馬遼太郎の国盗り物語(斎藤道三が出てくる)?のなかに
出てくる山暮らしの爺さんが漢方薬のもとになる山野草をもって町におりてきてカネにかえ酒代にしてる話がありました。

山野草、薬草、キノコを色々覚えれば今でもカネになるかも?、、、毒草が多い!  そして採集に山に入ればスズメバチ、マムシ、イノシシがいる! 
それを山梨の櫛形山あたりで実践してる女性がいました。


大きい島だから車は必需品だけど島だらけなので船外機付きのボートがほしい。
格安中古がなければアウトリガー付きのカヌーを作ったらいい。
立って漕ぐ櫓をつければ何時間でも大丈夫。
潮の流れがどのくらいか場所によるだろうけど、養殖いかだのあるとこならば楽に往来できそう。

野良猫がいなければ猫カフェもいいかもしれない。
じぶんなら陰謀カフェやりたい、
遣唐使船 日本最後の寄港地 三井楽あたりで、、、

うーん、すばらしい妄想だ!











2020年7月7日火曜日

日本人の自然観

ユダヤ人が日本に同化したように
現代日本人も自然に同化できるだろうか?

伊豆白浜から白田の山にかかる雲、、、11月

地震学者だった寺田虎彦の評論があります。


そしてここ十年らいのnetの普及で世界に広がってっている
クールジャパン。



ふだん日本語を話してる日本人にとって日本語って何ですか?ときかれてもわからない。
日本人の自然観って何ですか?と聞かれてもわからないの当たり前。

日本の自然ではなく、日本人の自然観をテーマにした写真というものは可能だろうか?
よくわからない。
とりあえず、万葉に始まる和歌や俳句を読んでいこう。




2020年7月6日月曜日

しゃらくせえ、あほくせえ

   写楽=北斎

おなじみの歴史論争です。
netの発達、ビジュアルの大量流出
文字資料だけで飯を食ってる人にとっては死活問題。

近藤啓太郎という(日本画家めざしてた)小説家が言い出しっぺかもしれません。

しやらくせえあほくせえ (1979年) - – 古書, 1979/7/1

2020年7月5日日曜日

沼の平(安達太良山)

しんぱいどおり投稿が消えてしまいました。










ライン ビズイー ?

いっとき正常に戻ったのにノートンセキュアVPNが
安全な接続ができなくなっててスローダウン。 
削除して再インストール。
それでも画像、動画遅すぎる土曜の夜!

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光回線がくるまで焦らずまとう。

そんな時はタバコ吸いながら思い出をたどって
妄想を膨らませる。

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じぶんは自然現象がかなり好きだといった。

100枚の小説”ランズエンド”の原稿を山のパン屋さん、、、
いまは八ヶ岳のオルガン弾き、、、に読んでもらったら
”テーマは何ですか?” ときかれた。
”テーマ?そんなもんない”としどろもどろにこたえた。
一種の娯楽、エンターテイメント。
横浜の凸ママも”深みがない!”と正確に言い当てていた。

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ストーリーを追っていくとすぐにデッドロックにぶちあたった。

主人公はTVで沖縄のカジキマグロの一本釣り漁師をみて自分も
やってみたいと思ったのだが、ランズエンドの漁師たちは
溶接で飯が食える奴が何で漁師なんかになるんだ?という。
これにまともにこたえられない若い主人公。
経験未熟な飽食の時代の若者の典型。
暗示するだけではあったけど東シナ海で遭遇した低気圧、
台湾坊主のことを書いておいた。
おおいかぶさってくる波、、、小さな船でこれを経験したものならわかるだろうという期待にたよっておしまいにしてる。
主人公が自問自答してたどり着いた結論は
”自分はあの海水の壁にもう一度出会いたい”
それがどういう意味と価値があるのか本人も作者もわからない。
たぶん無意味、無価値な自然としかいいようがないけど
ひとを引きつける。

ストーリーはどんどん横道にそれて人間模様のハッピーエンドでおわる。

あの水の壁の発想は焼津で近海の鰹鮪船に乗ったときの体験がきっかけになっている。
船主(親方)の手前、船頭はしけてるから三宅島の西、銭洲ではなくて御前崎回ったところの金洲でお茶を濁そうとしたのかもしれない。

しかし遠州灘は遠浅で巻波のおきるところ。北斎の神奈川沖の富士のイメージ。
商売(操業)どころか波は逆巻き、微速前進の59tの船首が波に突き刺さるとピタッと船足がとまる。
もう無理ーといって帰りたいけどどうやって向きを変えるんだ!?
波に横っ腹見せたらひっくり返る。
あとは船頭の腕か運しだい。

4~5トンの漁船、ヨットはピンポン玉のように
波にもてあそばれるだろうとは思う。
海は商売、生業、遊び、素人を区別しない。

これをどうやって人に伝えるのか?
言葉で?絵で?画像で?動画で?
それが芸のうちとはいえほとんど絶望的におもえる。
じゃあどうするかというと
相手の妄想に頼るしかないんじゃない?
夢、幻のイルージョン。












忘れてました NSP チャンネル

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