2026年3月31日火曜日

妄想と現実  追補

 ブログ書くのにノートンのブラウザ使ったため

一部ダブったり順不同があったのをできる限り補修して更新しました。

つゆき村とN九号線沿いの作業服屋のおばちゃんとの出会いはどうしても失いたくなかった。

消えてなければ嬉しいです。

今回の五島とんぼ返りで一番うれしかったことでもありました。

車の調子は伊豆2往復で第二東名走るような無理はしなかったし

むしろ居眠り運転続ける馬鹿さ加減を大反省してます。

地図でおおよその道路を筆記して、現場で迷ったらスマフォで細かく確認!

これの繰り返ししないとナビ不信と地図の思い込みは克服できそうにありません。

難しいですが大都会経由の長距離はできるだけ避けたいところです。

時代は変わり続け過去の自信にうぬぼれていると今の欧米のようになります。

死に近づきながらそれが自然の流れであることを静かに喜べることを

一茶や西行に倣いたいもんです。


ここ伊那平もみずゆるむ季節になりました

命なりけり小夜の中山、、、69歳、西行二度目の北帰行

妄想と現実  2

 天気もいいし2等船室でごろんとするのいやなので

後部甲板で風をよける場所を探す。

残念ながら換気塔の音がうるさくてたばこのフィルターを

耳栓にするが大した効果なし。

濡らしたtish詰め込んだ方がよかったかもしれない。

風よけのない最後部のベンチに座る。

古いフェリーの方だから小豆大のすすが飛んでくる。


入出港時の甲板員の作業がよく見える。

綿引君はフェリー会社の求人募集も見ていたから参考になったろう。

あとで聞いたら若い世代もみんなおやじぽくて少しびびっていた。

まさか ”パイプくわえた粋なマドロスさん” を妄想してたわけじゃないだろう。

途中から風が出てきて白波が一面ひろがってきたけど

太平洋、日本海とちがって横揺れも縦揺れもなく奈良尾港によって

福江島に到着。

長崎を出てから五島列島南西端まで水平線は見えず

あたかも地続きのように見える。

つながってない島じまを結ぶ大小のフェリーの航路は盛りだくさん、

伊豆七島のように夏の行楽期の大混雑ではなくて日常的に

予約キャンセル待ちが当たり前のようです。

*****

福江島についたら明日まず役場、移住相談窓口、五島のハローワーク

の予定。

その前に温泉、漁師ばっかり気さくで人当たりもいい年寄りばかり。

出てきて車のとこ行ったら車が来て女性がここは温泉駐車場じゃないですよ

どこにも看板出てないでしょうとぷんぷん。

温泉の隣にあるからてっきり温泉の駐車場だとおもってた。

平謝りにあやまって待ち合わせの遣唐使公園の道の駅に行く。

綿引君は昨日佐賀で温泉入っているからどこかで食事済ませて先についていた。

自分はスーパーで買い足した材料で助手席で夕飯の用意。

辺りはもう暗くなってて質素な道の駅はトイレの明かりだけで

他に誰もいない。

荷台を整理しながら料理、食べ始めるころには綿引君は疲れて寝入った様子。

しかし外では異様な様子が展開し始めていた。

キャンパーでもない車が1台2台とやってきて車から降りずに

車内でスマフォ見てる。

出来上がった肉うどん料理をゆっくりたべる。

外を見てると交代して別の車がやってきて近くに駐車したりトイレにいったり、、、

降りてきて何か言うわけでもなく、すべて無言である。

腹もくちくなって目をつぶったらすぐ眠れる。

とっかえひっかえやってくる車は2台一組。

****

ここは五島の道の駅

観光と移住促進をwebで大々的に宣伝してる。

コマーシャルフォトの彩度を上げたカラー写真

旅するYoutuberは絶賛する、沖縄よりきれい!

自分もそう思って綿引君に進めてガイドヘルパー、付き添い、

あわよくば自分も移住なんて考えてた。


2時ごろ目が覚めて周りを見たら別の車が2台いる。

頭に浮かんだのは横溝正史の ”悪魔が来りて笛を引く”

あとで検索したらテーマソングはモーツアルトの魔笛

それはおいといて

全国の道の駅でこうやって無人の駐車場に地元の車が

交代ゴウタイ音もなくやってきて、車から降りることもなく

2,3時間駐車する。

そんな話聞いたことある!?

****

ドリフターズのいかりや長介のせりふ ”こりゃだめだ”

綿引君をスマフォで起こす、

眠くて起きれないという、何度も事情を説明して”逃げろ”という。

しかし彼はカーテンを引いたまま床に寝てる。

外の現実を見ようとしない。人の話を聞こうとしない。

それなら自分の好きにすればいい、俺は帰るよ。


****

日曜日の最終便の予約は取れていたけど

身内で急用ができてしまったから今日のキャンセル待ちで

乗れませんかと頼み込む。

発券終了まで待たないとわからない。

フェリー乗り込みの車列に並んでいたら係りのおやじさんたちがやってきて

日曜の予約券みせながら事情をはなしたら、

それなら窓口にならんでたほうがいいよ、車はこのままでいいよ

と言ってくれた。

窓口も何か聞き違いしてましたと言ってすぐ発券してくれた。

軽トラ1台分はあいていたラッキー。

常に満杯、予約なしではのれない。キャンセル待ちが当たり前。

webの情報だけではたりない。のんびりゆっくり旅する人はそれでいい。

7時ごろ綿引君からメッセージが来た。

もう遅い。

田中さんは移住する気ないの?

こんなとこは1秒でも長居する気ない。


”舩は出てゆく 煙は残る

残る煙がしゃくの種”

こんな座敷歌ならつやっぽいけど

綿引君は4月いっぱい有給休暇がある、

あとは自由だ。

そして自由が一番恐ろしいということにも気が付くだろう。

それが大人になるための儀式でもありましょう。


****


その日は一面霧で無風、たまに縮緬じわができるくらい。

フェリーが4時間走って波もうねりもない。

漁船が見当たらない、潮の通りがゆるいか弱くて魚がいない。

島の外側で海流はぶつかり日本海と太平洋に分かれてゆく。

ここは穏やかな内海、通船、フェリーが発達するわけだ

大物釣りの聖地、そして隠れキリシタンの聖地。

帰りに隠れキリシタンの迫害の歴史をwebでみたけど

カソリックは出てきてもユダヤ教が出てこない。

平戸の隣り生月島からはじまって西彼杵半島、五島列島

東シナ海側は隠れキリシタンだらけ。

大村藩はじめ貿易による莫大な利益に目がくらみ

キリシタン大名が増え領民全部をキリシタンに改宗させた。

信長、秀吉も始めはその財政の利得からキリシタンの布教をゆるしたが

遭難した西洋の船長からポルトガル、スペインの戦略がカソリックの布教を通じて

国家を分断し征服する戦略であることを聞き

一気に禁教へ向かっていった。

フランシスコザビエル(マラーノ豚)と呼ばれる元ユダヤ人改宗者。

パレスチナのユダヤ人ではなくてカナンのフェニキア人のユダヤ教改宗者の末裔だろう。

地中海一帯にフェニキア人の植民都市があって何百万人も栄えていた。

スペイン、ポルトガルが

日本で金銀財宝を集め婦女子をさらい奴隷として売りさばいていた。

宣教師に農民のオバーさんがあんたらは人でなしだといえた。

宣教師はその先兵であった。

秀吉が千利休に切腹を命じたのは茶室がキリスト教布教の隠れ蓑に使われていたからという

のが通説になりつつある。

徳川が政権とってからは伴天連追放令、島原の乱鎮圧

藩主の命令で仏教徒から改宗した庶民は地元の在来仏教徒からも迫害、私刑もうけ

賀茂の河原では磔,火炙りあるいは拷問なども、西日本一帯でおきたこと。

西国九州はあまりにもキリシタンが増えた藩が隣の藩に領民の受け入れを依頼したほど。

カネに目のくらんだ藩ほど徳川の弾圧を受け廃絶された。

日本の庶民の信仰はバチカンからすれば異端であり異端審問で火あぶり当然。

しかし金銀財宝は集まる。

netでは何年か前バチカンが停電し地下金庫からトランプたちが金塊を運び出したとか、

バチカンが全世界のカソリック教会に資金の援助を通達したとうわさになってた。


マリア信仰のノートルダム寺院の修復に日本が貢献したり、

ウェブ雑誌でインタビューに応じてた95歳の五島の隠れキリシタンの老人の

言葉はやわらかく穏やかな九州弁。隠れキリシタンと言いながら実際は

先祖崇拝の縄文人そのものだった。

雑誌インタビュアーは安全地帯に身を置きながら言葉を ”かもしれない” とにごらせ

断定しない。いつでも責任回避できるようにしてる。

今では世界の人権団体はユダヤ資金のバックアップを受けて

社会を分断するのが普通とみなされている。

在来先住の縄文人の勢力は近代化合理化の進まない小さなパイの

地方ではその圧力も死活問題だから差別、迫害も激しかったろう。

すべてをタブーにしてフリースピーチを統制することは

トランプのアメリカを見てればわかる。

ユダヤがバチカンを乗っ取たというのも一時のこと

カソリック庶民はギリシャやロシアの正教会同様

いつまで生き延びるでしょう。

そのころはNATOもイスラエル国家も消え

誠実で平穏をもとめる国々が増えてゆくでしょう。

そのために科学や技術の発展が小さなパイを分け合う助けになります。


帰りの奈良尾港

****


そんないきさつで長崎について

綿引君の真似をしてスマフォに行き先をポンと入れて言われた通りに進む。

途中佐賀の老舗本屋があったので立ち寄って遅ればせながら九州沖縄の地図を買う。

上峯という道の駅、むかし吉野ケ里が有名になって温泉センターができたあたり

もちろんまわりは田んぼばかり、

今は超モダンな真っ白のバウムクーヘンのような道の駅ができていて

内装も真っ白、百万人来場記念とか宣伝してあった。

いつできたのか知らないけどゆうめいなんだろね。

建て物の外側にはキャンピングカー専用のスペースがとってあり

見たことないようなピカピカのキャンピングカーが並んでた。

佐賀もおしゃれになったー!

****

関門トンネルくぐったら金子みすゞのイワシの弔い海岸から行こうとしたら

何処かでがけ崩れ。全面交通止め!


しかたなく瀬戸内海岸の方に回る。

日本全国インフラ投資であたらしい道路がどんどんできている。

角栄もびっくりするほどそれほどすさまじい。

北海道に行ったときは内陸工業団地の充実に感心した。

瀬戸内、太平洋側はむかしから夜中もこうこうとあかりの付いてる

化学コンビナートだった。

それが一段と拡大していってるような感じ。

メインのN2はバイパス化して夜中高速並み。

徳山から山越えして日本海側 益田にぬけるつもり。

途中で仮眠して朝起きたら霧の中、コンビニの夜勤のおじさんは

きょうは晴れるだろと元気いっぱい。

N315 土曜日になっていたけど早朝はくるまがいない、

あたらしい道路で迷ったりして本来は宇部、小郡あたりから

N9で益田にむかうべきだったけど徳山まで進んで逆方向に走らざるを得なった。

ゆっくり落ち着いて道路調べるゆとりがなかった。

先を急ぐばかりで中国山地の広さに参りました。

****

霧の合間に桜がちらほら、稲作の

石垣もきれいなところに通りかかり車とめて写真ぱちぱち。

縄文テイストな風景です。
































観光も移住も宣伝していない村だとおもいます。

コンビナートの町まで40kmギリギリ通勤圏内、若い人たちはサラリーマン。

石垣を積んで水稲稲作。

なんと恵まれた村でしょう。

土曜の朝、回覧板?を届ける若い人に聞きました。

ここの土地は何というところですか?

柚木(つゆき)といいます。

ゆずのつゆきですか?と聞くとそうですという返事

素晴らしい石積とコメつくり、そしてさわやかなゆずと沢の水。

五島の隠れキリシタンから逃げてたどりついた縄文のいやし。

N315沿いの村つゆき村

横溝正史が避けて通る村。

いいとこだね~


****


山の朝霧は益田に降りるまで続いた。

前方が見えなくなるほどではないがライトつけっぱなし。

途中から9号線山陰道に入り津和野の上を通り益田に出る。

もやったままだけど天気はぽかぽかバイク用のズボンを穿いてきたから

暑い!

防水コーティングしてあるから汗でびっしょり。

出雲の手前、江津市だったかどうだか不明ながら道路沿いの作業着や見つナイロンヤッケを買う4L780円

60代のおばちゃんが一人で店番してた。在庫はびっしり豊富。

暇さ加減から経営者なんだろね のんびりしてた。

穿いているバイクのパンツを指で挟んで こりゃ熱いわ とかいった。

そこから話が弾ん五島いらい誰とも話してないから人恋しさもあった。

むかし(50年前)ここ通った時はどの車も泥除けに雪ががっぽり張り付いてたよ


今は3センチぐらい降ってすぐ解ける、あったかくなったんだねー

そして五島の出来事を話す。

隠れキリシタン、虐待、迫害受けてたから、、、、

道の駅で一晩中、無言で駐車場で地元民が交代で見張りしてる

そんな話聞いたことある?

そこからはあることないこと妄想の世界のはなし。

悪魔が来りて笛を吹く、復讐の島、横溝正史ワールド。

二人で話すこと小1時間。

二人とも見ず知らずの初対面ながら会話を楽しんで

もうあうこともないだろうけど別れを惜しみました。

日本国中 日本語が通じてどうでもいいような与太話を交わせる

これはもしかしたらとても気持ちいいことなんじゃないだろか

****

米子鳥取こえて兵庫県は舞鶴によりたかった。

それは ”岸壁の母” の現物を見たかった。

自分が歌謡曲の歌手で三人選ぶなら

この二葉百合子さん、金田たつえさん、藤圭子さん

理由は単純、声がひっくり返らない、地声で歌える。

引き上げ記念館を知らなかった。保安庁の船がいる港で金網の外からで写真撮ってたら

松本ナンバー認めて話しかけてきたプードル散歩の年配の人が来た。

五郎が岳のぼると丹後半島の先から若狭の方まで見えるよ今日は靄って駄目だけど、、

三方五湖とか天橋立等、、、

岸壁の母と言わなかったからそれでおしまいでした。


オバマ大統領の小浜が結構大きな都市であとは琵琶湖北端長浜目指す。

そして伊吹山のふもとを巻く道路を走って尖がった山頂じゃなくて

恵那山みたいなボートを伏せた形ということがわかってどれが伊吹山の疑問は解けました。

関ケ原からはN21で自然に中山道に出ると思ってたらあっちこっち迷って

N19にでたらほっとしたらそこからは睡魔との闘い。

左右にぶれまくる居眠り運転の連続。

よくぞ事故にならなかったと思いきや中川村のアパートに就く寸前

睡魔に落ちて側溝にはまりました。

大島さんに電話してユニックであげてもらおうと電話したら

前のうちの人が出てきて仲間に電話してジムニーやら大きな玉石やら

用意してくれて引っ張り上げてくれました。

大島さんも来てくれたけど手を出すひまはありませんでした。

地元の仲間の助け合いが顔を知らない事故車まで助けてくれた。

ありがじうございます。

****

日常生活の中で日々変わっていくことと変らぬものがある

不変だと思っていたら大間違い。

今回は道路インフラの発展変化。

地図もカーナビも年中更新しなきゃならない。

不変なものにであう喜び

命なりけり 生きててよかった。

今回、清内路峠を下ってきてつくづく木曽の杣人たちの

丁寧な努力がこれほどの美林を作っていることが想像できました。




あの薄暗いトンネルを走るより気分は爽快です。

木曽路は外人さんの観光でよろしい。

信州人でなくとも木曽馬と林業は日本の歴史遺産であることに賛成します。


あとの方はかなりおざなりな記録になってますが

丹波篠山、福知山だけは聞いていても

綾部や備前のおくなど

中国山地は同化ユダヤ人の末裔が縄文人に同化して

ひっそりと暮らしている山間の村むらが奈良、京都よりも美しい。

そのうちブームを起こしそうでこわい気もします。















妄想と現実 1

 ブログの副題通りになった五島ゆきでした。

雨になる日が多そうでバイクやめたのは正解でしたが

綿引君は三河の友達に会いに行ったばかりで

N153三州街道で豊田抜けて1号線に出て亀山からメッセ―ジ送ってきた。

鈴鹿峠越えて堺方面にでるという?

どうも言うことがおかしいのだけど、あとで分かったのは

かれは行き先を入力してあとはGナビにまかせて途中の道路は

関心ない。

だから今どこと聞いても道の駅見つけるまではどこ走ってるか不明。

夜中大道を走ってる限りそれでいい。

彼はついに眠くなって相生あたりの道の駅でダウン車中泊。


****

自分は権兵衛峠こえて木曽中山道へ。

名古屋さけて岐阜、大垣、関ヶ原。

琵琶湖に出て南下して淀川わたってN1がN2になって神戸すぎたのが

夜中前。

綿引君から相生で寝る連絡受けたときはまだN2にはいってなかったろう。

権兵衛峠回って中津川で燃料入れて遠回りしてる。

1~2時間遅れてたかもしれない。

綿引君は ”大阪、神戸抜けてあとは1っ本道だよ”と自分が言ってたことを真に受けて

安心もしてたろう。

合言葉は  ”九州に入ったら連絡とりあおう” だった。


**** 

仮眠しながら走り続けた自分は 2時間ぐらい先行し

博多をさけ行ったことのない飯塚 直方の道から久留米経由で佐賀へ

向かった。

結局その夜は鹿島の道の駅で寝ることにしたのだけど

スマフォの入力ミスで白石の道の駅に入ってしまった。

自分の郷里でも50年たったらインフラ道路はまるでかわっていた、

当たり前!!!

分かっているのは東西南北の記憶だけ。

****

綿引君はGナビ通り、博多経由で無料になった高速道路をとおって

がら空きの白石道の駅に着いた。やっと合流。

遅れること数10分。

自分は助手席でパッチンコンロ料理。

彼は佐賀まで戻って温泉と外食。

****


フェリーに関しては彼に任せてたから

”電話予約のみで9時前は受け付けない” にしたがう。

自分は時間があくから諫早干拓みながら行くことにした。

長崎のフェリー乗り場で集合することにした。

****

この時点ですでに反省をしていたのだけど

九州の地図はいらないという判断を後悔してました。

綿引君が相生あたりまで先行し道の駅で車中泊したころ

自分は神戸すぎたあたりから大型長距離トラックがいない?

乗用車だらけ? 信号、横断歩道だらけ。

道路のわきを見れば高層マンション、高層アパートだらけ。

はたと気が付いたのは人口が増えて子供が増えたから

信号,横断歩道が増えた。

トラックがいなくなるの当たり前。

それが岡山 たつの 辺りから逆転して

深夜国道走ってるのは大型長距離トラック99%!!!

それから自分の目が吊り上がりコンビニはいる以外は

戦闘状態。

車の流れは80~100で相性のいいトラック探して

あとについていきました。

あの錆だらけの軽トラがエンジンだけは元気そのもので

片道1500km以上の下道を走っていける。

これで円高、ドル安、ガソリン値下げになったら

日本国中、どんな寒い地方にいても何とかなりそう。


関門トンネル¥160払って九州。

綿引君に送ったメッセージが間違って佐賀の姉に行ってしまい

顔出す気なかったのでまずかったです。

翌日急に予定変更して五島とんぼ返りした夜、

まだ佐賀県内にいたにもかかわらず上峯という道の駅で仮眠しようとしてたら

姉から電話が来て、福江島とんぼ返りの長電話しました。

まー驚いたことでしょう。

有明海 通ったことはあってもいったことがない鹿島町という町。

意外と大きな町だとはじめてしった。

長姉は親同士が友達で”うちにはちきんさい”といわれて嫁に行った。

義兄は長崎大の水産科で有明漁連のノリ養殖の技士。

自分がカナダから帰って柳川 沖の端の舶用ぢーぜるの会社に働いて

泥の付いた格好で帰ってくるのを嫌ったおふくろの意見で

親戚で40年番頭をしている有田焼の茶碗屋へ転職。


カナダの愚兄と付き合った後だからタイムカードを押す

サラリーマンなら何でもよかった。

有明漁連の義兄はノリ養殖の漁師たちと付き合っていたから

朝6時に家を出て有田まで通勤してた自分に

若いときは苦労したがいいといっていた

でも義兄は過労からか早死にされてしまった。

有明海のノリひびをわたす竹を潟海に刺してる漁師。

有明海は広い。朝日が阿蘇の方から上がってきて

雲仙岳の方に沈む。

有田の茶碗屋では丁稚奉公をした最後の世代が同年の白石の農家の息子だった。

道の駅白石で車中泊したときしきりに思い出された。

この写真は諫早干拓を見ようとしたら多良岳を巻くような道ができていて

そのまま高いところからパノラマになった。

岳のしんたろさん という民謡がある。

山頂にある寺のガードをする美男子のサムライで里の娘たちが

ざんざ ざんざ と心ときめかすという座敷歌。

首都高の耐震補強工事で六本木辺りのクラック補修溶接をしてたころ

ノルマを昼前におわし駐車場に向かうと近くのテレビ局の近くに

タレント追っかけの女の子がそこら中に並んで立っていた、

あれとおなじだね。













長崎 三菱造船の建造中の護衛艦のフェイスドアレイレーダー、回転しない。





ここで電池切れ







以上は長崎港内

三菱以外にも数多くの小型船造船所がある。

****
こちらは五島市中通島の奈良尾港,途中寄港。

福江島まであと1時間。


長崎も佐世保も横須賀も軍港として背景は似てる。

追浜 住友造船所には香焼島、伊王島の漁師上がりの溶接工もいた。

雇われ番頭も三菱造船の出、雇う親方は相生。

将棋のやっさん武蔵美は姫路で山口組が町内会。

播磨灘の同化ユダヤ人が活躍してる、

が主役はつねに縄文先住民、三菱である。


海軍軍人を父に持つ田中英道さんは幼児のころ香焼島でピカドンにあい

おばあさんが体で覆ってくれて助かった。

伊豆の集落にも原爆手帳を持つ下田ドックの溶接工がいた。

****

ここらで ブログ休憩です。



2026年3月22日日曜日

野焼き終わり

 燃やす竹がなくなり、枯草の山や木肌も掃き集めて

燃やしてしまいました。

あしたは道具をかたづげて火曜日には綿引君と

五島にでかけられます。

夕方駒ケ根市の本屋で関西地方の薄い地図帳を買ってきました。

****

ETC外してしまったのですべて下道です。

綿引君は鹿児島から1200kmぐらいを15~6時間で

駒ケ根まで帰ってきてる。

1、2年前までは運転ふらふらして前の車との車間距離もキープできなかったのに

いつの間にか上達したみたい。

五島から帰って一週間たたぬうちにまた行こうとする勢い、

若さだね~

自分としては交通量の多い瀬戸内より日本海側の大山、出雲側を

行きたかったのだけど一人で帰ってくるときにしよう。


出雲でスチールヨットのヨット自作者の大会があって将棋のやっさんに頼まれて

彼のポンコツ軽トラで横浜からとことこ居眠りしながら行ったことがある。

横浜を昼の3時ごろでて夜中の2時ごろ京都で燃料入れて

うす雪の積もった丹波篠山、福知山辺りをノーマルタイヤ山越えした。

裏日本はいつも冬、湿った雪が泥除けにこびりつくイメージがつよい。

その当時は100km進むのが苦痛だった、

今でもそういうときがあるけど昔ほどではない。

たぶん地質や産業、農業、漁業などを見ながら走ってるからかもしれない。


彼岸を過ぎて雪の心配はいらなくなったと思う、

しかし一応知らべてみる。

1000m越える峠道は夜中マイナス5度以下、やめとこう。

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やっぱり権兵衛峠,19号、中山道でいこう。

各務原、大垣、米原で琵琶湖8号線にでて

京都に夜中12時頃つけばいい。


3時ごろまでに 神戸かわせば

あと大都市は広島ぐらい。

北九州が発展してるらしいけど3号線下って

佐賀で35号線佐世保、長崎港で終点。

ゆっくり見て3日。

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五島行ってからは未定。

情報はYoutubeだけ。

実際に行って見て聞いて体験しないとわからないのは二人とも同じ。


綿引君は長逗留するなら長崎あたりでしっかりした釣り竿とルアーは用意した方がいいだろう。

それに出刃包丁とまな板、 ライフジャケットよりも ”命綱”

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自分にとって漠然とした謎のままだった空海がこれで分かりました。


父は佐伯氏山岳信仰、山伏修験道の家系。

22分ごろ $$$$ アポロの月着陸ぐらいの入唐費用をどうやって用意たのか?

佐伯氏は丹生(辰砂、水銀、朱)を扱っていた。

釉薬で辰砂釉はコバルト色になる。

丹生はクスリでもあるのだけども金と混ぜて精錬して金を取り出す(水銀は蒸発する)ための必需品。

山伏 修験道は金鉱を探す先兵。

吉野の丹生川、熊野、四国の丹生、金銀、銅山みんな同化ユダヤ人の世界。

三井住友、鴻の池 関西の財閥銀行。

義経の北帰行も奥州の金山巡りみたいなもの。


遡れば道案内、水路案内のパイロット、カナンのフェニキア人。

猿田彦、芸能、裸体の天のうずめ、乱暴狼藉ものでありながら千の倉、

金銀財宝をため込んでいた すさのうのみこと。

縄文人にはできないことができた。

人々をにぎわかし商売上手。

パフォーマンスにたけている、中山道(木曾街道)宿場町、

高山や京都の祇園祭り。

仏教理論は難しくてわからないけど

美作の法然は時代の変わり目、レジームチェンジのような

鎌倉仏教の先端にいた感じ。

母は秦氏の娘というから備中美作の同化ユダヤ人の末裔でもある。

エリートから庶民へ。イージー、シンプルな専修念仏。

ひたすらなんまいだのくりかえし。


縄文の自然信仰が神仏混交もあるし、何よりも戒律が縄文化し

親鸞にいたっては肉食妻帯もし一遍にあっては踊る宗教まである。

アフロビートにちかいのかな?

高野山の真言密教空海よりは法然の方が縄文日本人に近いような気がする。

煩悩のまま凡夫に浄土をみせるあなた任せの凡人浄土。

一茶も相馬御風もこれで救われた。

****

これから行くキリシタンの島、五島列島。

いろんな歴史が詰まっているのでしょう。



2026年3月20日金曜日

花は盛りに

夜中の3時過ぎドアのチャイムが鳴って綿引君が帰ってきた。

鹿児島から高速で一直線、駒ケ根まで。

来週火曜日、五島にもう一度行って移住できるかどうか調べに行く。

”いっしょにいかない?”という。

”いいよ”とこたえる。

彼は休みとってあるから4月いっぱい滞在できる。

沖縄行きやめた理由はおいおい話すでしょう。

自分は草刈りも始まるだろうから先に帰る。


下道で日本海側走る予定。

北海道と同じく3日ぐらいかかるでしょう。

****

片付けた竹の野焼きはもう少し残ってる。

五島行の準備も始めよう。

****
Youtubeは日本ってすごいですねーの随筆のつながりで

”徒然草”

教科書で読んだぐらいであまり記憶がない。

海外で人気が出てるのは”枕草子”とおなじらしい。



”花は盛りに 月は隈なきをのみ見るものかは” 

"春は花、  夏はホトトギス、  秋は月、、、、‷
 

2026年3月18日水曜日

春はあけぼの

 ついさきごろ随筆、散文のお手本として

尾張徳川のエリートサムライ、横山也有の ”鶉衣”に

行き着いたのですが

もっと昔、平安時代1000年ごろの

清少納言 ”枕草子” が海外で人気のようです。



現代の心理描写の文章に辟易してる自分はできるだけちかずかない。

学校の教科書で、、、春はあけぼの  なんてのを見ただけの枕草子、

Youtubeでみたらなんか親近感湧いてきました。

楽しみです。

****

泥窯のほうは竹や丸太、えだぎをあらかた片付け野焼きしてます。

禅呂君も東京から帰ってきてアボリジニーの太い竹笛

「ディジュリデュ」


をつくったり

枝木に細い糸を渡して振り回すとぶ-んぶーんと音が出る楽器を作って

飾りに大きな黒曜石を埋めこんだりしていた。

彼のお仲間はスピリチュアルなダンスをする女性たちで

ギターを弾く男性もいる。

ここのキャンプ場よりどこか遠い地方に演奏旅行いくことが多い。

自分にはなじみのない音楽でも雰囲気だけは伝わってくる。


日本ではまさか裸にペイントして演奏はしないだろう。

****

友達はいっぱいいて

ユニークなキャンプ場になるはずだけどあまりにもユニーくすぎていまいちかな。

泥窯や縄文土器の土コネもそのつながりになるかもしれないと

自分だけでやりだしたけど時間が作れなかった。

粘土を買わずに探す。

捏ねてすぐは焼けずかなり乾燥させないと野焼きでは割れる。

乾燥の手間が都会の人にはネックかもしれない。

じゃ禅呂君に歌わせてみよう、

というのも

彼の話す声聞いてるとかなり音域が広そうな気がする。

ワンフレーズ歌ってもらったら音程があまい。

声質自体がどうのこうのいう以前、練習すればアカペラで歌えるようになる。

カラオケ上手な人はいくらでもいる。

自分で作詞作曲して歌える人は稀。

これぞユニークで誰にでも分かりやすい。

****

たぶんメロディはコード使えば即興、鼻歌で出てくる。

8小節ぐらいまではパクリでも許容範囲と業界ではいわれてるらしい。

それぐらい似たり寄ったり、凡庸がふつう。

問題は歌詞、庶民は曲の仕組みなど難しいことはわからない、

歌の歌詞だけはすぐわかる。

相手は貴族ではなくて庶民です。

聖歌や労働歌よりも

新鮮なおしゃれやぜいたくが大好きです。

そんな歌詞が書けたらいいね。

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音程つかむために持ち運びに便利なミニキーボード¥3000以下で売ってる。

ピアニカのたぐいは歌えないからダメ。

基本はアカペラ、無伴奏で歌えるようになれば人前で歌える。

声の質、良し悪しはDNAとはいうものの

兵隊に行った築地のマグロやのおやじさんは、

”どんな声でも体温があり他人に伝わるんだよ”と言って

新内をうたってた。

下町の庶民は習い事が好きだったんだね。

ビルマの捕虜収容所、映画の”ビルマの竪琴”そのまだったらしい。

米軍のパッカードのペダルに足が届かなくて板を縛り付けて運転してたらしい。

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一心不乱、無我夢中になれたら それは本物。

ふつう情熱と言ってる。

いつそれがきえるのか誰も知らない。

独文学者のドクトル高橋は ”それが運命というものです”という。



2026年3月13日金曜日

今 どの辺?

 ようやく この辺

去年の12月にできたチャンネル、はやい、しかも日本語で話してる!

反イスラエル、反ネタニエフこんなの初めて見た!


boom boom tel aviv - official  おふざけではあります、イスラエルが削除したがってる。

広島、ガザ、、、   こんどは貴方が血を流す番だ

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こちらは 中東レバノンの 上質なジャーナリズム サイト  

 レバノンのアル マヤディ―ン(シーア派)

 カタールのアル ジャジーラはたぶん(スンニ派)

pcでは GOOGLEの自動翻訳できれいな日本語になってます。

中東は複雑と言いますが農業や遊牧が始まったところだから

歴史がべらぼう古いのです。

地理もG-MAPでみたら山岳と砂漠だらけでよくぞこんなところに

大帝国、大文明が起きたもんだと思います。

宗教、宗派の違いが何千年も生きている。

イマヌエルトッドのような家族親族構造の研究がおおまかな

歴史、文化の理解につながるかもしれません。


ヒズボラのミサイルがアル・クッズに到達、戦略的なIOFサイバーサイトを破壊 |アル・マヤディーン・イングリ

https://english.almayadeen.net/news/politics/hezbollah-destroys-strategic-facility-in-beit-shemesh--foota

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縄文杉みたいな国旗レバノンは、桜チャンネルの丸谷元人さんが

世界の情報を集めるのにとてもいいとこですと言っていた。

レバノンに長期滞在するんでしょうね。

カナン人フェニキア、レパントの紀元前からの都市。


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綿引君から ”いま佐賀県 七ツ釜。あした五島列島 福江島”と

連絡が入った。晴れて暖かいらしい。

たぶん佐世保バーガー食べてフェリーでしょう。

結構遠いんだよね。

こちらは雪が降りそうな低温。

砂漠の砂嵐 北極海のブリザード 東シナ海の台湾坊主。

それでも住めば都という。

まーミサイルが降ってこないだけいいのかもしれません。


妄想と現実  追補

 ブログ書くのにノートンのブラウザ使ったため 一部ダブったり順不同があったのをできる限り補修して更新しました。 つゆき村とN九号線沿いの作業服屋のおばちゃんとの出会いはどうしても失いたくなかった。 消えてなければ嬉しいです。 今回の五島とんぼ返りで一番うれしかったことでもありまし...