シルバーの係りの方から今忙しくてもう少し待ってくれ、といわれて
待っています。
天高く馬肥ゆる秋、草原の民ならサー略奪に行くか―という季節。
戦国時代なら陣馬形山からのろしを上げて天竜川沿いに秋葉街道、
三州街道を西へ向かっただろう。
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*****見失った動画をやっとみつけた!****
国際政治?
マクレガー大佐は単刀直入でシンプルである。
動画の最後 10秒 を見るだけでいい。
”許さないだろう” つまりユダヤは下僕を暗殺するということである。
トランプ?どうするのかね~
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ユネスコに文化遺産として認定された北東北と北海道の縄文遺跡、
シャコちゃんなんていって真っ黒い(還元焼成、、、酸欠にして炭素がのこる)
土遇を持ち歩くロシアかウクライナの若いyoutuberの娘さんがいる。
観光資源でもあり ”日本ってすごいですね~” の宣伝でもある。
4.2Kaのせいで世界の巨大文明が消滅していったのはわかっていたけど
三内丸山はどうなったの?
狩猟採集民ながら栗を栽培して定住した。
気温が2度下がって、植生や、動物がかわって飢餓を避けるために
南方に移動する人が増えた。
しかし青森が稚内ぐらいに寒くなったとしても
大谷君とか横綱や関取は北国が相場のような気がする。
三内丸山の陸奥湾は津軽海峡と比べて流れがゆるそう。
魚が少ない?
青森の人がホタテの養殖 陸奥湾が最初と言っていた。
冬の偏西風は北海道でも強烈。
海には出られない、冬ごもり。
エスキモーは日干しの鮭と氷を割って穴釣りの漁。
断崖絶壁、リアス式の三陸海岸は魚貝類は豊富
にみえる。潮の流れもありそう。
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アメリカインデアンは何百万も欧米白人に虐殺されたけど
北極圏のエスキモーやイヌイットは無事だった。
鹿や熊 雁の群れ 魚種はわずかでも大量におよいでいる。
中でも鮭は保存がきいて定住を可能にした。
カナダ インデアンで鮭を食べて定住したトーテムポールの
部族たち。
エスキモーの文化は ポトラッチ(大判ぶるまい)が至高の価値である。
白人が来て取り上げてしまった。かわりに天然痘やインフルエンザを
プレゼントしてくれた。おかげで人口が激減した。
トドや一角鯨の大型生物で七浦の胃袋がみたされる。
彼らは獣皮で(2-30人乗りの)大型のカヌーを作り
カムチャッカやカナダ沿岸を1000キロぐらい沿岸航海して
漁をしていた。傾斜地に小さな穴をほったり、毛皮や、氷のドームのなか
でアザラシの脂を燃やしてキャンプをしていた。
ブリザードの吹く中でも耐えられる
毛皮や水鳥のダウンが豊富にあった。
それでも人口は増えなかった。
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北東北、北海道の縄文人は 4.2Ka 二度低下でも平気だったろう。
石器時代の最終氷河期でも生きていたのだから。
南東北、関東、中部の縄文人は縄文海進の温暖化に慣れてしまったのか
4.2Ka 2度低下の寒冷化で 栗や胡桃に特化した成功が人口増で反転し
たのか、
定住ができなくなるようなもっと大きな変化があったのかもしれない。
しかし定住をやめて北に残る人もいたろう。
1000年?
たつか経たぬうちに南下した人たちが北上してもどってくる。
大和で王権を作った人たちは北東北、北海道を蝦夷地、蝦夷と呼び服属させようとする。
阿弖流為に代表されるように強い。
資源は豊かである。
結局は平定されてしまうのだが仲介媒介したのは縄文に同化した
ユダヤ人だったろう。
農業稲作以外の資源が奥州藤原をつくる強大な国になってゆく。
西行も安部ちゃんも先祖は北東北である。
義経も北帰行、モンゴルまでつながってゆく。
エスキモーやアメリカインデアンより先に旧石器時代から
北東北、北海道に住んでいた北の大地の縄文人たち。
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関東南部も
近年の年代測定の急速な発達が4~500年の歴史修正を必要とするとしても、人は氷河時代でも生きていた。
栄枯盛衰は世の習い、専門家でなければ4.2Ka寒冷化はめやすになる。
地球上に大都市を築いていた古代文明はみんな滅亡した。
寒冷化はは乾燥化でもある。水源が枯れ大河は砂漠が広がった。
灌漑、水利、石造技術でカバーしても緑の原野、山はもう戻らない。
極北の人の中には生きた毛皮と肉の動物の群れとともにいきる
遊牧を発見する人たちも出てきた。
もっと南では野生の小麦を発見したり栽培できるようになった。
農業の発明で一気に人口が増え文明がうまれたけれど
4.2kaでその文明が滅亡した。
栄えた文明の間にえた技術や知恵がかろうじてサバイバルをたすけた。
文明と呼ばれる時間、1000年、2000年など石器時代
(縄文、新石器時代)と比べたらあっという間である。
アフリカが先進国並みに核技術や文化を手に入れるのもあっという間かもしれない。
選ばれし民などというイデオロギーに洗脳されて狂信的になっていたら
あっという間に自然に淘汰されるのが人類の歴史である。
万物は生成変化する。
それがギリシャ、オリエントの知恵である。
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実感として人の一生は露のようにはかない。
にもかかわらず自然は地球の自転のように永遠に循環し回帰しているように思われる。
その代表が有機生命体の生命である。
人間の思惑、悲喜こもごも一切無縁でありながら
満ち足りているように見える。
幻かも知れない、証明のできないもの。
ある人はそれを 神と呼ぶかもしれない。
人は知ることができないから信じるしかないのである。
その信仰はやっと2000年自然の淘汰に耐えている。
だけど
時には、相対的な自分の現実に合わせなければ
自滅することを庶民は本能や直感で知っている。
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複雑な国際政治も似たようなもの。
祇園精舎の鐘の音、栄枯盛衰は世の習い。
衰退の話は聞きたくない、気が滅入る。
まーキレイ、かわいい、便利だねーに飽きる人もいる。
関東 東北の縄文人グループ(鹿島神宮と香取神宮の人々、仮に日高見グ
ループと呼ぶ)は4.2Ka 南下を選んだ。
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南九州の喜界カルデラが7000年前、
世界史上最大の海底火山爆発をして南九州の縄文人が絶滅したあと
2000年以上たってから
日高見グループ(太陽が高々と上がってくるパワーを信じる人たち)は
常春の南九州へ長距離冒険航海を企てた。
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縄文海進で関東平野は静かな湾、奥の方まで海が広がり貝塚だらけ。
稲作が九州唐津から500年かかって北上してくる。
それまでは縄文の人口は25万人ぐらいで頭打ち。
農業、稲作は文字以上に日本社会を作り変える。
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三内丸山すごいですねーと讃嘆され、やがて人がいなくなった。
北の大地に残らず、南方に下って鹿児島から北上して大和、飛鳥で
”よしもう一度” と村を起こし都を作り上げようとする人たち。
豊あしはら みずほの国 サウンドからして美しくグレート。
未開拓の芦の原に新たな国を作ろう!
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命がけの鹿島立ち。海の難所は
銚子沖(利根川東遷まえでも犬吠埼は波が立つところと思う。)
大島の乳が岬(茅ヶ崎)、、、民謡に 汐のはやいのを止めてみろ
相模灘、、、北斎の浪裏の富士
遠州灘、、、400km避難港なし
速吸瀬戸、、、 (豊予海峡)
その先は瀬戸内
7~8mのダグアウトカヌーで太平洋岸をつかず離れず南下していった。
舟足を軽くするのが必須で海が荒れたらすぐ陸にあげる。
wカヌーとかアバ(浮力体)は考えなかったと思います。
ついた所は鹿児島、鹿は鹿島神宮の使い。
速吸の瀬戸から先は潮の流れが速くて複雑。
水先案内が必須。
パイロットは椎根津彦、速吸瀬戸でコンボイが逡巡してるときに
浦島太郎のようにウミガメに乗った海釣をしていたおじいさんが
案内をしましょうと現れる。
神武東征の立役者。
椎根津彦は海、海中の案内者。
猿田彦は大きなあこや貝に足を挟まれて死んでしまうぐらい海が苦手だったかもしれない。
天狗の鼻や小象の鼻のようなびろびろ、ほうずきのような目。
ユダヤ人の攻撃性や性的異形さに縄文人がやや敬遠したがってる。
ただ性的大胆さ、快楽志向の天の鈿女とはベストマッチで夫婦になる。
椎根津日子は沖縄から、天皇の海の軍師の役目を果たしてる。
初代天皇は
出雲の渡来ユダヤ人に国譲りを求め 求められフェニキアユダヤ人は
迷いながらも国を譲り縄文日本に同化する。
軋轢が皆無ではなかったけど縄文テイスト、
聖徳太子の”和をもって尊しとす”が
日本の統合と有機的(動、植物に通じる)生命の循環を守ったようです。
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国際問題 再び
イスラエル(カナンフェニキア人)を下僕としてつかった経験のある
かっての大国 イラン(ペルシャ)トルコ、ローマ ロシアはユダヤの
脅しが効かないでしょう。
かって清水幾太郎さんはアメリカ人のプラグマティズムを信じていた。
ニーチェも マークトゥエイン?蛙に鉛玉飲ませて賭けに勝つような
短編小説、アメリカのほら話に
アメリカの明るさを見ていた。
希望はあったのです。
しかし彼らは ユダヤに負けた。
日本はどうする?
四囲の環境に目を配りながら
今まで通り安っぽい人類みな兄弟でいい。。
大和言葉でいえば和の境地なんだけど4文字熟語にすると
ユダヤの下僕たちに悪用される、”八紘一宇”
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ユダヤとその下僕たちが衰えてゆくのを見てればいい。
日本には北の大地が開いてる。
核搭載の原潜がそのうち量産されるでしょう。
”秘するが花なり” わが同化ユダヤ人の名言です。
****2-3日かかってやっとブログの修正、編集がが終わりました。
室温20℃を切ってきていよいよ晩秋かな、、、