確かに時間は”のびちじみ”する 。
風景も望遠鏡をさかさまにすれば遠くなったり近くなったりする。
”あるのは解釈だけだ” ニーチェ
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縄文土器土偶の創作動機をあれこれ尋ねるうちに、
日本列島の原始信仰を夫婦で探訪されている sazanamijiro さんのサイトが
いろんなヒントをくれました。
http://sazanami217.blog.fc2.com/blog-entry-1194.html
道具や言葉をもってからもインセストタブーのまだなかった時代。
自然環境に恵まれた縄文時代でも
生きていると危険や恐怖、希望や快楽が繰り返しやってきます。
気を抜いてると たたり や ばち があたります。
なぜかというと お天道様が見てるからです。
今生きていることを感謝せずにはいられない、
”ここは天国 ” ってわけです。
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そして考古学の発展で八ヶ岳南麓や出雲で9万年、12万年前から
人が住んでることが明らかになりました。
古代史でいう天皇の欠史8代なんてどうでもいい、
欠史100代、1000代でもノープロブレム。
重箱の隅を突っつくような作業は遺跡、遺構を掘るときだけでいいでしょう。
これから先、まだまだ時間はチューインガムのようにのびていくでしょうから。
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日本の神話のなかでいつも興味があるのは同化ユダヤ人なんですが
神武天皇のひい爺さん ニニギノミコトが天下るより先に
天下って河内、大和などを治めていたニギハヤヒノミコトと随伴した物部の
歴史伝説は古墳時代の秦氏同様どこか物悲しい。
出雲の大国主同様、ニギハヤヒも国をゆすります。
仕えていたナガスネヒコは抵抗しますが出雲のタケミナカタ同様
天孫族にやぶれどこかに(蝦夷?)逃げていきます。生死不明。
天孫族に敗れたタケミナカタの場合は
ニギハヤヒのもとで越の国、寺泊あたりまで治めていた
先行の同化ユダヤ人(大国主の末裔)がいて諏訪あたりをタケミナカタに譲ります。
諏訪ではそれが物部氏。
同化ユダヤ人は出雲から寒冷化で人口の減った諏訪へ、さらに蝦夷、東北へ。
物部氏は天皇のそばでガードマンに徹する。枝の支族は全国にいる。
しかし高天原からの天孫族ではあるけど天皇の血統ではない
ニギハヤヒ、物部のあつかいは秦氏同様、傍系つまり同化ユダヤ人。
大きな貢献をしたにしろ常に大多数の日本列島人に対して少数。
”運命とは偶然である” ”運命を愛せよ“ ニーチェ
彼らの生きる知恵は ”秘するが花なり”
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時間が伸びたおかげで縄文の地球寒冷化以前、温暖化以前、縄文海進以前、
東の方、日の高く上るところを目指して歩き出して日本列島にたどりついた人類の中に
ユダヤ人が混じっていた可能性が皆無でない。ほかの民族も同様。
失われた10氏族や流浪の民でもない。
旧石器時代のヒッピー、旅行マニアのホモサピエンスとでもいおうか。
重箱の隅突っついても答えは出てこない。
”あるのは解釈だけ!”