天気もいいし2等船室でごろんとするのいやなので
後部甲板で風をよける場所を探す。
残念ながら換気塔の音がうるさくてたばこのフィルターを
耳栓にするが大した効果なし。
濡らしたtish詰め込んだ方がよかったかもしれない。
風よけのない最後部のベンチに座る。
古いフェリーの方だから小豆大のすすが飛んでくる。
入出港時の甲板員の作業がよく見える。
綿引君はフェリー会社の求人募集も見ていたから参考になったろう。
あとで聞いたら若い世代もみんなおやじぽくて少しびびっていた。
まさか ”パイプくわえた粋なマドロスさん” を妄想してたわけじゃないだろう。
途中から風が出てきて白波が一面ひろがってきたけど
太平洋、日本海とちがって横揺れも縦揺れもなく奈良尾港によって
福江島に到着。
長崎を出てから五島列島南西端まで水平線は見えず
あたかも地続きのように見える。
つながってない島じまを結ぶ大小のフェリーの航路は盛りだくさん、
伊豆七島のように夏の行楽期の大混雑ではなくて日常的に
予約キャンセル待ちが当たり前のようです。
*****
福江島についたら明日まず役場、移住相談窓口、五島のハローワーク
の予定。
その前に温泉、漁師ばっかり気さくで人当たりもいい年寄りばかり。
出てきて車のとこ行ったら車が来て女性がここは温泉駐車場じゃないですよ
どこにも看板出てないでしょうとぷんぷん。
温泉の隣にあるからてっきり温泉の駐車場だとおもってた。
平謝りにあやまって待ち合わせの遣唐使公園の道の駅に行く。
綿引君は昨日佐賀で温泉入っているからどこかで食事済ませて先についていた。
自分はスーパーで買い足した材料で助手席で夕飯の用意。
辺りはもう暗くなってて質素な道の駅はトイレの明かりだけで
他に誰もいない。
荷台を整理しながら料理、食べ始めるころには綿引君は疲れて寝入った様子。
しかし外では異様な様子が展開し始めていた。
キャンパーでもない車が1台2台とやってきて車から降りずに
車内でスマフォ見てる。
出来上がった肉うどん料理をゆっくりたべる。
外を見てると交代して別の車がやってきて近くに駐車したりトイレにいったり、、、
降りてきて何か言うわけでもなく、すべて無言である。
腹もくちくなって目をつぶったらすぐ眠れる。
とっかえひっかえやってくる車は2台一組。
****
ここは五島の道の駅
観光と移住促進をwebで大々的に宣伝してる。
コマーシャルフォトの彩度を上げたカラー写真
旅するYoutuberは絶賛する、沖縄よりきれい!
自分もそう思って綿引君に進めてガイドヘルパー、付き添い、
あわよくば自分も移住なんて考えてた。
2時ごろ目が覚めて周りを見たら別の車が2台いる。
頭に浮かんだのは横溝正史の ”悪魔が来りて笛を引く”
あとで検索したらテーマソングはモーツアルトの魔笛
それはおいといて
全国の道の駅でこうやって無人の駐車場に地元の車が
交代ゴウタイ音もなくやってきて、車から降りることもなく
2,3時間駐車する。
そんな話聞いたことある!?
****
ドリフターズのいかりや長介のせりふ ”こりゃだめだ”
綿引君をスマフォで起こす、
眠くて起きれないという、何度も事情を説明して”逃げろ”という。
しかし彼はカーテンを引いたまま床に寝てる。
外の現実を見ようとしない。人の話を聞こうとしない。
それなら自分の好きにすればいい、俺は帰るよ。
****
日曜日の最終便の予約は取れていたけど
身内で急用ができてしまったから今日のキャンセル待ちで
乗れませんかと頼み込む。
発券終了まで待たないとわからない。
フェリー乗り込みの車列に並んでいたら係りのおやじさんたちがやってきて
日曜の予約券みせながら事情をはなしたら、
それなら窓口にならんでたほうがいいよ、車はこのままでいいよ
と言ってくれた。
窓口も何か聞き違いしてましたと言ってすぐ発券してくれた。
軽トラ1台分はあいていたラッキー。
常に満杯、予約なしではのれない。キャンセル待ちが当たり前。
webの情報だけではたりない。のんびりゆっくり旅する人はそれでいい。
7時ごろ綿引君からメッセージが来た。
もう遅い。
田中さんは移住する気ないの?
こんなとこは1秒でも長居する気ない。
”舩は出てゆく 煙は残る
残る煙がしゃくの種”
こんな座敷歌ならつやっぽいけど
綿引君は4月いっぱい有給休暇がある、
あとは自由だ。
そして自由が一番恐ろしいということにも気が付くだろう。
それが大人になるための儀式でもありましょう。
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その日は一面霧で無風、たまに縮緬じわができるくらい。
フェリーが4時間走って波もうねりもない。
漁船が見当たらない、潮の通りがゆるいか弱くて魚がいない。
島の外側で海流はぶつかり日本海と太平洋に分かれてゆく。
ここは穏やかな内海、通船、フェリーが発達するわけだ
大物釣りの聖地、そして隠れキリシタンの聖地。
帰りに隠れキリシタンの迫害の歴史をwebでみたけど
カソリックは出てきてもユダヤ教が出てこない。
平戸の隣り生月島からはじまって西彼杵半島、五島列島
東シナ海側は隠れキリシタンだらけ。
大村藩はじめ貿易による莫大な利益に目がくらみ
キリシタン大名が増え領民全部をキリシタンに改宗させた。
信長、秀吉も始めはその財政の利得からキリシタンの布教をゆるしたが
遭難した西洋の船長からポルトガル、スペインの戦略がカソリックの布教を通じて
国家を分断し征服する戦略であることを聞き
一気に禁教へ向かっていった。
フランシスコザビエル(マラーノ豚)と呼ばれる元ユダヤ人改宗者。
パレスチナのユダヤ人ではなくてカナンのフェニキア人のユダヤ教改宗者の末裔だろう。
地中海一帯にフェニキア人の植民都市があって何百万人も栄えていた。
スペイン、ポルトガルが
日本で金銀財宝を集め婦女子をさらい奴隷として売りさばいていた。
宣教師に農民のオバーさんがあんたらは人でなしだといえた。
宣教師はその先兵であった。
秀吉が千利休に切腹を命じたのは茶室がキリスト教布教の隠れ蓑に使われていたからという
のが通説になりつつある。
徳川が政権とってからは伴天連追放令、島原の乱鎮圧
藩主の命令で仏教徒から改宗した庶民は地元の在来仏教徒からも迫害、私刑もうけ
賀茂の河原では磔,火炙りあるいは拷問なども、西日本一帯でおきたこと。
西国九州はあまりにもキリシタンが増えた藩が隣の藩に領民の受け入れを依頼したほど。
カネに目のくらんだ藩ほど徳川の弾圧を受け廃絶された。
日本の庶民の信仰はバチカンからすれば異端であり異端審問で火あぶり当然。
しかし金銀財宝は集まる。
netでは何年か前バチカンが停電し地下金庫からトランプたちが金塊を運び出したとか、
バチカンが全世界のカソリック教会に資金の援助を通達したとうわさになってた。
マリア信仰のノートルダム寺院の修復に日本が貢献したり、
ウェブ雑誌でインタビューに応じてた95歳の五島の隠れキリシタンの老人の
言葉はやわらかく穏やかな九州弁。隠れキリシタンと言いながら実際は
先祖崇拝の縄文人そのものだった。
雑誌インタビュアーは安全地帯に身を置きながら言葉を ”かもしれない” とにごらせ
断定しない。いつでも責任回避できるようにしてる。
今では世界の人権団体はユダヤ資金のバックアップを受けて
社会を分断するのが普通とみなされている。
在来先住の縄文人の勢力は近代化合理化の進まない小さなパイの
地方ではその圧力も死活問題だから差別、迫害も激しかったろう。
すべてをタブーにしてフリースピーチを統制することは
トランプのアメリカを見てればわかる。
ユダヤがバチカンを乗っ取たというのも一時のこと
カソリック庶民はギリシャやロシアの正教会同様
いつまで生き延びるでしょう。
そのころはNATOもイスラエル国家も消え
誠実で平穏をもとめる国々が増えてゆくでしょう。
そのために科学や技術の発展が小さなパイを分け合う助けになります。
帰りの奈良尾港
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そんないきさつで長崎について
綿引君の真似をしてスマフォに行き先をポンと入れて言われた通りに進む。
途中佐賀の老舗本屋があったので立ち寄って遅ればせながら九州沖縄の地図を買う。
上峯という道の駅、むかし吉野ケ里が有名になって温泉センターができたあたり
もちろんまわりは田んぼばかり、
今は超モダンな真っ白のバウムクーヘンのような道の駅ができていて
内装も真っ白、百万人来場記念とか宣伝してあった。
いつできたのか知らないけどゆうめいなんだろね。
建て物の外側にはキャンピングカー専用のスペースがとってあり
見たことないようなピカピカのキャンピングカーが並んでた。
佐賀もおしゃれになったー!
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関門トンネルくぐったら金子みすゞのイワシの弔い海岸から行こうとしたら
何処かでがけ崩れ。全面交通止め!
しかたなく瀬戸内海岸の方に回る。
日本全国インフラ投資であたらしい道路がどんどんできている。
角栄もびっくりするほどそれほどすさまじい。
北海道に行ったときは内陸工業団地の充実に感心した。
瀬戸内、太平洋側はむかしから夜中もこうこうとあかりの付いてる
化学コンビナートだった。
それが一段と拡大していってるような感じ。
メインのN2はバイパス化して夜中高速並み。
徳山から山越えして日本海側 益田にぬけるつもり。
途中で仮眠して朝起きたら霧の中、コンビニの夜勤のおじさんは
きょうは晴れるだろと元気いっぱい。
N315 土曜日になっていたけど早朝はくるまがいない、
あたらしい道路で迷ったりして本来は宇部、小郡あたりから
N9で益田にむかうべきだったけど徳山まで進んで逆方向に走らざるを得なった。
ゆっくり落ち着いて道路調べるゆとりがなかった。
先を急ぐばかりで中国山地の広さに参りました。
****
霧の合間に桜がちらほら、稲作の
石垣もきれいなところに通りかかり車とめて写真ぱちぱち。
縄文テイストな風景です。
観光も移住も宣伝していない村だとおもいます。
コンビナートの町まで40kmギリギリ通勤圏内、若い人たちはサラリーマン。
石垣を積んで水稲稲作。
なんと恵まれた村でしょう。
土曜の朝、回覧板?を届ける若い人に聞きました。
ここの土地は何というところですか?
柚木(つゆき)といいます。
ゆずのつゆきですか?と聞くとそうですという返事
素晴らしい石積とコメつくり、そしてさわやかなゆずと沢の水。
五島の隠れキリシタンから逃げてたどりついた縄文のいやし。
N315沿いの村つゆき村
横溝正史が避けて通る村。
いいとこだね~
****
山の朝霧は益田に降りるまで続いた。
前方が見えなくなるほどではないがライトつけっぱなし。
途中から9号線山陰道に入り津和野の上を通り益田に出る。
もやったままだけど天気はぽかぽかバイク用のズボンを穿いてきたから
暑い!
防水コーティングしてあるから汗でびっしょり。
出雲の手前、江津市だったかどうだか不明ながら道路沿いの作業着や見つナイロンヤッケを買う4L780円
60代のおばちゃんが一人で店番してた。在庫はびっしり豊富。
暇さ加減から経営者なんだろね のんびりしてた。
穿いているバイクのパンツを指で挟んで こりゃ熱いわ とかいった。
そこから話が弾ん五島いらい誰とも話してないから人恋しさもあった。
むかし(50年前)ここ通った時はどの車も泥除けに雪ががっぽり張り付いてたよ
今は3センチぐらい降ってすぐ解ける、あったかくなったんだねー
そして五島の出来事を話す。
隠れキリシタン、虐待、迫害受けてたから、、、、
道の駅で一晩中、無言で駐車場で地元民が交代で見張りしてる
そんな話聞いたことある?
そこからはあることないこと妄想の世界のはなし。
悪魔が来りて笛を吹く、復讐の島、横溝正史ワールド。
二人で話すこと小1時間。
二人とも見ず知らずの初対面ながら会話を楽しんで
もうあうこともないだろうけど別れを惜しみました。
日本国中 日本語が通じてどうでもいいような与太話を交わせる
これはもしかしたらとても気持ちいいことなんじゃないだろか
****
米子鳥取こえて兵庫県は舞鶴によりたかった。
それは ”岸壁の母” の現物を見たかった。
自分が歌謡曲の歌手で三人選ぶなら
この二葉百合子さん、金田たつえさん、藤圭子さん
理由は単純、声がひっくり返らない、地声で歌える。
引き上げ記念館を知らなかった。保安庁の船がいる港で金網の外からで写真撮ってたら
松本ナンバー認めて話しかけてきたプードル散歩の年配の人が来た。
五郎が岳のぼると丹後半島の先から若狭の方まで見えるよ今日は靄って駄目だけど、、
三方五湖とか天橋立等、、、
岸壁の母と言わなかったからそれでおしまいでした。
オバマ大統領の小浜が結構大きな都市であとは琵琶湖北端長浜目指す。
そして伊吹山のふもとを巻く道路を走って尖がった山頂じゃなくて
恵那山みたいなボートを伏せた形ということがわかってどれが伊吹山の疑問は解けました。
関ケ原からはN21で自然に中山道に出ると思ってたらあっちこっち迷って
N19にでたらほっとしたらそこからは睡魔との闘い。
左右にぶれまくる居眠り運転の連続。
よくぞ事故にならなかったと思いきや中川村のアパートに就く寸前
睡魔に落ちて側溝にはまりました。
大島さんに電話してユニックであげてもらおうと電話したら
前のうちの人が出てきて仲間に電話してジムニーやら大きな玉石やら
用意してくれて引っ張り上げてくれました。
大島さんも来てくれたけど手を出すひまはありませんでした。
地元の仲間の助け合いが顔を知らない事故車まで助けてくれた。
ありがじうございます。
****
日常生活の中で日々変わっていくことと変らぬものがある
不変だと思っていたら大間違い。
今回は道路インフラの発展変化。
地図もカーナビも年中更新しなきゃならない。
不変なものにであう喜び
命なりけり 生きててよかった。
今回、清内路峠を下ってきてつくづく木曽の杣人たちの
丁寧な努力がこれほどの美林を作っていることが想像できました。
あの薄暗いトンネルを走るより気分は爽快です。
木曽路は外人さんの観光でよろしい。
信州人でなくとも木曽馬と林業は日本の歴史遺産であることに賛成します。
あとの方はかなりおざなりな記録になってますが
丹波篠山、福知山だけは聞いていても
綾部や備前のおくなど
中国山地は同化ユダヤ人の末裔が縄文人に同化して
ひっそりと暮らしている山間の村むらが奈良、京都よりも美しい。
そのうちブームを起こしそうでこわい気もします。