2026年2月4日水曜日

他人の勧め

 いやだからいやだ、と内田百閒は文化勲章?をことわる。

内田百閒の ”磯辺の松”を三島由紀夫がこれこそ芸術だ!と激賞する。

筝曲の天才、盲目の宮城道夫と女弟子たちの心理描写。

そういうの苦手だから、”磯辺の松” を民謡、座敷歌 淡海節ぐらいに考える。

****

黒沢の遺作、まあだだよ にでてくるドクトル高橋(義考)が

花柳界、私娼窟文学の永井荷風

永井荷風 雨瀟瀟 - 青空文庫を、、、激賞する。


芭蕉 俳諧の俳文は国文学部の研究にお任せする。

明治20年ごろからの近代俳句に秀句がでてくるけど

芭蕉、蕪村、一茶の古俳句のリズムと深さと軽さを超えるものに

なかなか出会わない。

なぜか?

切腹と殉死がなくなったから?

日本列島、人口3000万人養うのがやっとだった。

4年に一度の豊作、オリンピック並み。

飢饉はいつでもやってくる。

そんな中でカニは自分の甲羅に合わせて穴を掘る。

息ができないほどピッタリではない、ほんの少し遊びがある。

それが軽みだとおもう。


土砂降りの話ではなかった。

外国帰りの荷風が、、、しがみついた のは

尾州徳川の重臣、横井也有の俳文 ”鶉衣” だった。

****

伊豆では三つ葉が生える山に近い半日陰、

カルガモのみたいに連なってウズラの子供が逃げ込んでいく。



明治の子規や漱石、芥川、荷風、樗牛、御風などの欧米の合理性、論理などみじんもない。

ノイローゼもうつ病もいない。

****
老いを嘆く、生きとし生けるものの定め。

運命とは何か?偶然であるとニーチェは言う。

運命を愛せよという。

フェニキア同化ユダヤ人の末裔、松尾芭蕉は何という?

旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる

一茶は破れ障子の穴から

うつくしや 障子の穴の 天の川

スペインのオルテガイガセットは

一茶の俳句を引用する

露の世は 露の世ながら  さりながら

****
年とって耄碌してくると記憶があやふやになり

空海と法然の区別がつかなくなってた。

空海は四国の生まれで弘法大師。真言密教、石動丸。

四国遍路の創始者。多分同化フェニキア人の末裔。

勝つ兄は修善寺通るといつも独鈷の湯でいわれを話した。

法然は備前美作のうまれで 私は阿弥陀仏に騙されているのかもしれないと

怖いことをいう。こちらもフェニキア同化ユダヤ人の末裔かもしれない。



一茶も御風も ”あなた任せの年の暮れ”

”いるほどは風がくれたり落ち葉焚き”

”こころだに 誠あらば 祈らずとも神はまもらん” 菅原道真

正に学問の神様、フェニキア同化ユダヤ人の天才。

****

ドクトル高橋はいう 情熱がなくなる時、それがほんとの運命だ.


”鶉衣”  尾州徳川の重臣が俳聖芭蕉に師事する。

にも拘らず 松尾芭蕉はフェニキア同化ユダヤ人として弔われる。

木曽義仲の墓のそば、東濃地域は柘植、黒鍬同化ユダヤ人の末裔が

たくさんいるのかもしれない。

熊谷守一、初代岐阜市長の嫡子、まるで仙人のような整った風貌、

彼もフェニキア同化ユダヤ人の末裔かもしれない。

他人の勧め

 いやだからいやだ、と内田百閒は文化勲章?をことわる。 内田百閒の ”磯辺の松”を三島由紀夫がこれこそ芸術だ!と激賞する。 筝曲の天才、盲目の宮城道夫と女弟子たちの心理描写。 そういうの苦手だから、”磯辺の松” を民謡、座敷歌 淡海節ぐらいに考える。 **** 黒沢の遺作、まあだ...