いやだからいやだ、と内田百閒は文化勲章?をことわる。
内田百閒の ”磯辺の松”を三島由紀夫がこれこそ芸術だ!と激賞する。
筝曲の天才、盲目の宮城道夫と女弟子たちの心理描写。
そういうの苦手だから、”磯辺の松” を民謡、座敷歌 淡海節ぐらいに考える。
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黒沢の遺作、まあだだよ にでてくるドクトル高橋(義考)が
花柳界、私娼窟文学の永井荷風
永井荷風 雨瀟瀟 - 青空文庫を、、、激賞する。
芭蕉 俳諧の俳文は国文学部の研究にお任せする。
明治20年ごろからの近代俳句に秀句がでてくるけど
芭蕉、蕪村、一茶の古俳句のリズムと深さと軽さを超えるものに
なかなか出会わない。
なぜか?
切腹と殉死がなくなったから?
日本列島、人口3000万人養うのがやっとだった。
4年に一度の豊作、オリンピック並み。
飢饉はいつでもやってくる。
そんな中でカニは自分の甲羅に合わせて穴を掘る。
息ができないほどピッタリではない、ほんの少し遊びがある。
それが軽みだとおもう。
土砂降りの話ではなかった。
外国帰りの荷風が、、、しがみついた のは
尾州徳川の重臣、横井也有の俳文 ”鶉衣” だった。
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伊豆では三つ葉が生える山に近い半日陰、
カルガモのみたいに連なってウズラの子供が逃げ込んでいく。
明治の子規や漱石、芥川、荷風、樗牛、御風などの欧米の合理性、論理などみじんもない。
ノイローゼもうつ病もいない。
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老いを嘆く、生きとし生けるものの定め。
運命とは何か?偶然であるとニーチェは言う。
運命を愛せよという。
フェニキア同化ユダヤ人の末裔、松尾芭蕉は何という?
旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる
一茶は破れ障子の穴から
うつくしや 障子の穴の 天の川
スペインのオルテガイガセットは
一茶の俳句を引用する
露の世は 露の世ながら さりながら
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年とって耄碌してくると記憶があやふやになり
空海と法然の区別がつかなくなってた。
空海は四国の生まれで弘法大師。真言密教、石動丸。
四国遍路の創始者。多分同化フェニキア人の末裔。
勝つ兄は修善寺通るといつも独鈷の湯でいわれを話した。
法然は備前美作のうまれで 私は阿弥陀仏に騙されているのかもしれないと
怖いことをいう。こちらもフェニキア同化ユダヤ人の末裔かもしれない。
一茶も御風も ”あなた任せの年の暮れ”
”いるほどは風がくれたり落ち葉焚き”
”こころだに 誠あらば 祈らずとも神はまもらん” 菅原道真
正に学問の神様、フェニキア同化ユダヤ人の天才。
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ドクトル高橋はいう 情熱がなくなる時、それがほんとの運命だ.
”鶉衣” 尾州徳川の重臣が俳聖芭蕉に師事する。
にも拘らず 松尾芭蕉はフェニキア同化ユダヤ人として弔われる。
木曽義仲の墓のそば、東濃地域は柘植、黒鍬同化ユダヤ人の末裔が
たくさんいるのかもしれない。
熊谷守一、初代岐阜市長の嫡子、まるで仙人のような整った風貌、
彼もフェニキア同化ユダヤ人の末裔かもしれない。